経験曲線

経験曲線の重要度ランキング

重要度 C
リーダー必要度 ★★★★★ 必須教養 全員に必要なものとは言えませんが、基礎教養と言えるでしょう
理解容易度 ★★★★★ 非常に容易 誰もが実体験している普遍的なことです
活用容易度 ★★☆☆☆ やや難 個人で理解はしても、組織ではこのフレームワークを活かした活動が取れないケースも


はじめに

 新商品・新規事業を担うリーダーにとって、経験曲線のフレームワークは教養として身につけておきたいフレームワークの一つです。
 もし、あなたの新商品・新規事業が「経験曲線」の効果がそれほど大きくなければ、参考程度の教養で済ませば良いでしょう。しかし、あなたの新商品・新規事業がプロダクトライフサイクル曲線の、導入期や成長期の初期段階にあって、かつ「経験曲線」の効果がある商品を扱っているのであれば、重要なフレームワークとなります。この新商品・新規事業にて経験曲線の効果を発揮させるために経営資源を先行的に投下する”掛け”にも似た活動が重要になってくるのです。


概要

経験曲線
経験曲線
 皆さん誰もが経験をしていることですが、例えば、同じ事務処理をたくさん繰り返せば、だんだんと段取りがつかめてきて、最初のころよりも多数の作業をした後の方が効率的に作業をすすめること(つまり低コスト)ができるようになります。
 これと同じことが個人ではなく、組織でも起きます。組織(企業)が大量生産を行うと、その累積的な成果に応じてコストダウンが進み、1個あたりの生産コストが、最初の1個よりも下がっていくものです。この累積生産量が増加するとコストが一定の割合で低下していくことを「経験曲線」と言います。

 これはボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が提唱した多くの企業の観察から得られた"経験則"です。数学的な理論にて導かれたフレームワークではありません。
 新商品・新規事業を担うリーダーにとっては、まさに「賢者は歴史に学ぶ」として、把握しておきたいフレームワークの一つです。


演習:ケーススタディ(具体的な商品の事例で考察)

  • ハイブリッドカー(トヨタ プリウス)
    初代プリウス
    トヨタはハイブリッドカーを敢えて量産した
     ハイブリットカーとしてプリウスをいち早く大量生産したトヨタには、ハイブリッドカーの開発、購買、製造、品質管理・・・の様々な面に無数のノウハウが社内蓄積されました。この経験曲線の効果により、未だに世界中の自動車会社を相手にしても追従者を寄せ付けることができないコスト競争力を有しています。
     始めてハイブリッドカーを量産車として市場投入した当初は、「1台作るごとに赤字が増える」と揶揄されました。しかし、少量生産の高級車ではなく、敢えて大量生産を前提とした大衆車として最初のハイブリッド車の量産を開始したトヨタの幹部の経営判断は正しかったのです。
     もし当時、新商品のプリウスを差別化戦略の商品と定めて、新機能の稀少車として少量生産に留めていたら経験曲線の効果を得ていなかったでしょう。そして、ハイブリッドカーの量産で圧倒する現在のトヨタの繁栄はつかめなかった可能性は高いものであったでしょう。


  • 有機ELディスプレイ(サムスン電子)
    サムスンー有機EL方式ディスプレイ
    サムスンー有機EL方式ディスプレイ
     スマートフォンやTVなどで、これからの表示用デバイスとして成長が期待される有機ELディスプレイは、サムスン電子の果敢な大量生産により、圧倒的なシェアを獲得しております。他社を寄せ付けません。かつてソニーやパナソニックなどハイテクを誇っていた日本の電機メーカーは完全にサムスン電子の前に敗れ去りました。
     有機ELディスプレイが市場に出回る前段階で、液晶ディスプレイパネル・プラズマディスプレイパネルの競争の失敗で痛手を負った日本の電機メーカー各社は、有機ELディスプレイで経験曲線を早期に得て優位に立つ大量生産の投資を行うことができませんでした。ここで躊躇している間に、サムスン電子が先に量産化を推進して経験曲線による効果を得ることに成功しました。もはや日本メーカーはコストのサムスン電子に追従することは困難でしょう。技術力があると誇っていても大量生産に踏み出すことを少しでも躊躇していると、いつしか霞んでしまうという厳しい現実の例です。


  • 頑丈パソコン(パナソニック タフブック)
    タフブック
    差別化戦略で成功したタフブック
     コストリーダーシップ戦略による大量生産&大量販売は、経験曲線と関わりが深いのですが、差別化戦略を採用したとしても経験曲線の効果とは無縁ではありません。
     パナソニックの頑丈パソコン「タフブック」は徹底した差別化戦略の商品です。DELLやhpなどの大手パソコンメーカーも似たような頑丈パソコンをパナソニックを模倣して開発&販売をしておりますが、なかなかパナソニックに追いつけません。これは、パナソニックの組織内に頑丈パソコンを量産するという経験曲線の効果が蓄積されていると考えるのが妥当です。
     つまり、コストリーダーシップ戦略のみならず、差別化戦略でも、集中戦略でも、経験曲線は、新商品・新事業に関わる者であれば、必ず習知しておきたいフレームワークと言えるでしょう



よくある失敗・注意点

 あなたの上司先輩同僚は、経験曲線を理解して仕事をされているでしょうか?残念ながら「特長ある商品を作ること」にひたすら熱心な人達を多く見かけます。性能の差別化だけでなく、場数を踏むことで、新商品・新規事業は成功するのです。

  • 有機ELディスプレイ(ソニー)
    ソニー有機EL方式薄型TV
    世界初の有機ELテレビ「XEL-1」
     有機ELを採用した世界最初のTVは、ソニーが商品化をしました。しかし、その後、有機ELの量産をソニーが積極的に行うことは無く、LG電子の前に沈んでいきました。一時期はパナソニックとの共同事業の形ででも有機ELの商品化を模索しましたが、費え去りました。
     この頃のソニーは企業全体が赤字に苦しんでおり、有機ELの量産を進めて経験曲線の経営効果を得ることが難しかったことは理解できなくもありません。

  • 経験曲線のフレームワークが効果が期待できない例も多々あるので注意しましょう

     コストリーダーシップ戦略ではなく、差別化戦略を行おうとしているのであれば、経験曲線の効果を得ようと大量生産すると失敗します。
     例えば、高級スポーツカーのフェラーリをプリウス並に大量生産してもビジネス的に無意味であることは説明しなくてもおわかりになりますよね。  あなたの新商品・新規事業がとるべき競争戦略によっては、経験曲線のフレームワークを活かせるとは限りません。この点を間違え無いよう見極めましょう。

     プロダクトライフサイクルの成熟期に入った商品も、経験曲線の効果を期待することは難しいでしょう。
     例えば、パソコンを今までの累計生産台数を超える膨大な大量生産を今から行えば、経験曲線による効果で1台あたりのコストの削減も期待できるかもしれません。 しかし、2020年の現在、もう必要な人々には普及し切ったパソコンを今まで以上に大量生産して誰が買ってくれるでしょうか?つまり実現不可能ということです。

     高原キャベツの生産を行う農業も経験曲線による効果は期待できないでしょう。サンマ漁やマグロの養殖も同様です。林業も同様です。
     ただし、太陽光エネルギーを利用して都市部の地下空間にて水耕栽培でキャベツを生産する革新的な手法が実現できたとしたら、先に大量生産により経験曲線の効果を得た企業が有利になるでしょう。また、マグロの人工授精による稚魚誕生から成魚までの完全養殖を実現する技術革新が実現したら、マグロ養殖の大量生産を最初に手掛けた企業が経験曲線の効果を得て、世界中の回転寿司店のお皿を獲得することができる可能性もあります。

新商品を成功させるためには

PLC曲線
 経験曲線の効果は、累積的な成果に応じてコストダウンが進むものであるため、あなたの新商品・新規事業がプロダクトライフサイクル曲線の、導入期や成長期の初期段階になければ効果は期待薄です。よって、まずは、あなたの新商品・新規事業がプロダクトライフサイクル曲線のどのステージにあるのかを把握することが最初に必要です。

競争戦略
 また、成長期の前段階に入ると、競争戦略の選択を行うことになります。この際、コストリーダーシップ戦略を採用するのであれば、経験曲線の効果を競合よりも先に得るために、強気の生産・販売を行って行く必要があります。競合の動向把握も欠かせません。
 なお、競争戦略の選択で、差別化戦略・集中戦略を選択する場合でも、経験曲線の効果を得ることができるケースもありますので、この場合でも良く見極めていきましょう。


最後に

 高い技術力を持って新商品を開発して「良い商品を作れば事業を成功させられる」と信じていても、経験曲線の存在を知っておかないと、折角の素晴らしい新商品の開発が事業の成功に結びつかずに終わってしまう恐れがあることを、新商品・新規事業のリーダーは知っておく必要があります。
 しかし、経験曲線による経営効果を得ようとすれば、需要を上回る大量生産を行うような、先行的に経営資源を投下する”掛け”にも似た活動を行う必要があります。このため、このように会社の経営資源を大胆に投下する活動は、新商品・新規事業を担うリーダーの権限を越えることも多いでしょう。
 それゆえ、新商品のリーダーは、経営責任者を説得して先行投資を行っていく活動を促していく備えも必要です。その際には、このフレームワークや「ネットワーク外部性」なども用いて、経営資源を預かるキーパーソンを説得していきましょう。