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イノベーションのジレンマ

イノベーションのジレンマの重要度ランキング

重要度
リーダー必要度 ★★★☆☆ 教養 基礎的な教養と言えるでしょう
理解容易度 ★★★★★ 非常に容易 有名企業の衰退例を幾つか知れば良く実感できる簡単なフレームワーク
活用容易度 ★☆☆☆☆ わかっていても罠にはまってしまうからジレンマと言われる


はじめに

 新商品・新規事業と言えばイノベーションという単語が連想されるので、新商品・新規事業を担うリーダーの方にとって、イノベーションのジレンマは理解をしておきたいフレームワークです。社会科学的には面白い現象ではありますので、教養として把握はしておいていただきたいと思います。
 ただ、有名なフレームワークではあるものの、新商品・新規事業を成功に導く上であまり実践的な知見を得ることはできないフレームワークとも残念ながら言えます。 つまり、警鐘は鳴らしてくれるものの、具体的にどう対処したら良いかについて何かを明示してくれるようなものではないのです。


概要

 「イノベーションのジレンマ」とは、業界を席巻するような優良企業が、なぜか(お金も、開発力も、顧客も、持っているのに)、より優れた新段階の事業への発展に乗り遅れてしまうという現象です。 1997年にハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセンが提唱した比較的新しいフレームワークです。
 イノベーションのジレンマが起こる仕組みは以下のように説明されています。

イノベーションのジレンマ
顧客の声を良く優良企業ほど時代転換に乗り遅れる
 優秀な企業は、顧客の要請に応える商品作りを行い続けています。下図の左側の矢印のA社の製品です。そして、顧客の声に応え続けるため、漸進的な改良を続け持続的な(軽い)イノベーションに対応し続けています。
 一方で、(破壊的な)イノベーションにより登場した下図の右側の矢印のB社の製品は、魅力はあるものの既存の商品に比べ顧客の要望に応えるレベルのものではないので、優良な企業は目に留めません。
 しかし、B社の製品も改良され続けて次第に性能が向上していきます。そして、既存の顧客の満足を得るレベルまで成長することがあります。そうなると、顧客はB社の製品に乗り換えます。
 かくして、A社は「お客様第一」として真摯に顧客の声に応えて改良を続けていましたが、いつのまにか顧客を奪われ市場からの撤退を余儀なくされてしまう現象が起きます。

 なお、イノベーションと言っても技術革新という理工的な意味ばかりではなく、ビジネスモデルも含めて考えられるものです。たとえばアマゾンのようなネット販売や、映像配信サービスなどでもイノベーションが発生しています。
 もし、あなたが成功している企業の一員であり、かつ、ここで新商品・新規事業を担うリーダーをしているならば、「イノベーションのジレンマ」で示された弊害を被らないように最大限の努力を払う必要があるでしょう。


さらに深くこのフレームワークを掌握するために、以下の情報も参考にしてください。
 ・書籍
    「イノベーションのジレンマ 増補改訂版」クレイトン・クリステンセン (著),
    「「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明」 伊神 満 (著)
    「両利きの経営」 チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン (著)
 ・映像
    ビジネススクール「グロービス」が提供する動画学習サービス(お試し)→イノベーションのジレンマ

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演習:ケーススタディ(具体的な商品の事例で考察)

  • フィルムメーカー コダック
    コダック
    コダックは倒産した
     カメラのフィルムメーカーで有名だったコダックは、デジタルスチルカメラの登場で2012年に会社が一度倒産してしまいました。実は、コダック社の中でデジタルスチルカメラはかなり以前に開発されていたのです。 しかし、それにもかかわらず、コダックはこの新規事業に乗り換えることができず、既存事業にしがみついたまま滅んでしまいました。イノベーションのジレンマの罠に陥ってしまったのです。
     一方で同業だった富士フイルムは今も存続しております。カメラに関係する事業では、フィルムの事業からデジタルスチルカメラの事業に乗り換えることに成功しました。さらに他にも新商品、新規事業を生み出し発展を続けています。富士フイルムはイノベーションのジレンマの罠に陥ることを避けることができたのです。
     このように同じような条件下であっても全ての企業が必ずしもイノベーションのジレンマの罠に陥るとは限らないのです。


  • TVメーカー:松下電器(現パナソニック)
    PDP方式薄型TV
    PDP方式は生き残れなかった
     プラズマディスプレイと液晶ディスプレイの薄型TVの表示デバイスの覇権争いにも、イノベージョンのジレンマで見られる現象を事例として見ることができます。時間経過と共に見ていきましょう。

     20世紀が終わる頃、次世代のTV(薄型TV)の表示デバイスとして、プラズマディスプレイ方式、液晶ディスプレイ方式、SED方式、EL方式などが存在しておりました。
     この中で大型の薄型TVの表示デバイスとして最有力だったのがプラズマディスプレイ方式でした。一方、液晶ディスプレイ方式はパソコンや小型TVの表示デバイスとして既に利用されていましたが、 1)これ以上の大画面化は困難、2)応答速度が遅く、映像を綺麗に表示できない という課題があり、大型TVの表示デバイスとしては限定的になると見られていました。

    ○2001年
    薄型TVウォーズ初期
    薄型TVウォーズ初期
     松下電器は、プラズマディスプレイ方式を次世代TVの表示パネルのデバイスの本命と考え積極投資を開始します。一方で、「選択と集中」の改革として、社内にあった液晶ディスプレイパネルの事業部門を他社に売却してしまいます。
     シャープは積極的に液晶ディスプレイで薄型TVメーカーになることをアピールすると共に開発に力を注ぎました。
     この段階では小型の薄型TVを商品化していたシャープが、薄型TVで世界1位のシェアを獲得していました。


    ○2004年
    薄型TVウォーズ中期
    薄型TVウォーズ中期
     液晶ディスプレイの技術が進展して、中型サイズ(40インチ)の薄型TVが実現するようになります。市場では、プラズマディスプレイ方式と液晶ディスプレイ方式の薄型TVが共存するようになりました。
     単価の高い大型TVの売上が伸びたことで、松下電器は2005年に薄型TVの販売額において世界1位となります。

    ○2007年
    薄型TVウォーズ後期
    薄型TVウォーズ後期
     液晶ディスプレイの技術が進展して、大型サイズ(65インチ)の薄型TVが実現するようになります。液晶ディスプレイ方式が薄型TVの覇権を握ることになります。 これに伴い、プラズマディスプレイは生存エリアを失っていきます。松下電器は、プラズマディスプレイで103インチの超大型ディスプレイの商品化を行って技術力をアピールしますが、一般消費者には必要の無いオーバースペックな商品であり、意味の薄い技術の誇示でした。
     液晶ディスプレイ方式の開発を主導してきたシャープではありますが、この頃になるとサムスン電子とソニーにシェアを奪われていきます。シャープが持つ技術は優れているものの、こちらも一般消費者にはオーバースペックとなりつつありました。(顧客価値の章の失敗例として取り上げています) シャープは、ブランド力がありコストが優れるサムスン電子とソニーにシェアを奪われてしまいました(サムスン電子とソニーは合弁会社を設立して液晶ディスプレイの効果的な量産を実現した)。

     結果的に松下電器は、イノベーションのジレンマの罠に陥ってプラズマディスプレイへの投資で大きな損失をしてしました。またこの過程では、いくつもの失敗が見て取れます。確認していきましょう。

    ○2001年の失敗
     この時点では、液晶ディスプレイの技術が予想以上に進展して自己を脅かすようになるとは誰も想像できなかったことなので、プラズマディスプレイ方式に傾注する決断を行うことは致し方ないでしょう。
     しかし、液晶ディスプレイの事業を「魅力のない技術」と見下して他社に売却してしまったことは失敗です。 もし、液晶ディスプレイの事業を手元に置いておけば、予想以上に液晶ディスプレイの性能が急向上していることを刻々と把握することができたことでしょう。 そうすれば、プラズマディスプレイの量産工場に、何千億円も投資してしまうことを考え直す機会がもっと早く得られたでしょう。

    ○2004年の失敗
     この時点で、液晶ディスプレイの技術が予想以上に進展していることには気がついていたハズです。しかし、それに負けないようにとプラズマディスプレイへの積極投資は続けていました。
     雪山登山では、天候が急変したら引き返す勇気を持つことが必要です(しかしそれが難しい)。 同様に、予想外の液晶ディスプレイの技術の急向上の変化を受けて、ここまで登ってきた(投資してきた)プラズマディスプレイから降りる可能性を考慮するべきでした。(もちろん、これも簡単なことではありません。) この時、もし、イノベーションのジレンマのフレームワークを適用して客観的に自己を見つめることができれば、勇気ある経営者ならば今とは違った決断を下せていたかもしれません。

    ○2007年の失敗
     一般消費者にとっては、全く意味の無い103インチ大型TVを商品化したり、一般消費者には認知ができない程度の綺麗さ(黒画面の再現性、応答速度)で、プラズマディスプレイの特長をアピールしました。 しかし、一般消費者にとって、もはや薄型TVの表示デバイスはプラズマディスプレイである必要性はなく、むしろ省電力の液晶ディスプレイが好ましい状況となってきました。
     それにも関わらず、松下電器は方針変更ができずに、さらにプラズマディスプレイの量産工場を建設します。(尼崎第3工場の建設を2100億円で建設) この時、イノベーションのジレンマのフレームワークを適用して客観的にここまでの推移を考察すれば、もう自ずと今後の展開は予想できていたハズです。しかし、松下電器の社内では誰も負けを認めることができませんでした。


  • その他の事例
    小型デジカメ
    小型デジカメ
     NTTドコモの携帯電話(ガラケー)とこれで動くimodeサービスもイノベーションのジレンマで去った商品でしょう。iPhoneが市場投入されることでスマートフォンとアプリストアに負けました。
     ソニーのウォークマンを筆頭に、各社から発売されていたポータブルオーディオの商品群は、スマートフォンの一機能として吸収され、ポータブルオーディオ単体での商品事業はほぼ壊滅しました。
     デジタルスチルカメラの商品群は、高級機を除きスマートフォンのカメラ機能の向上により、スマートフォンの一機能として吸収され、小型のデジタルスチルカメラの商品事業はほぼ壊滅しました。


新商品を成功させるためには

 イノベーションのジレンマは、経営者向けに警告を発するフレームワークとして有効であり、残念ながら新商品・新規事業を担うリーダーがこのフレームワークを使って具体的な活動に役立てることはあまりありません。
 また、合理的に失敗してしまうことを説明してるフレームワークですからから、賢い人達ほど避けようが無く罠に陥るのです。どうしようもありません。
 こうした課題に対し、タッシュマンとオライリー3世により、漸進的な発展を目指す既存事業の組織と、革新的な発展(破壊的イノベーション)を目指す新規事業の組織の 2つを運用する 「両刀使いのできる組織」の運営がイノベーションのジレンマに陥らない方法の一つだと提唱されています。
 そして、富士フイルムがコダックのようにフィルム事業の衰退と共に滅ばなかったケースをこのフレームワークで説明しています。 具体的には、既存事業と新規事業をそれぞれ別組織として運用し、評価軸も別にして運用できる経営責任者の存在の必要性を提唱しています。
 実際に、ソニーのPlayStationは、ソニーの本流から切り離された組織で育てられました。また、トヨタのプリウスも、通常の商品開発とは別部署で開発がスタートしました。 このように、別組織で別管理で新規事業を育成することがイノベーションのジレンマを回避する方法として挙げられる事例は多くありそうです。
 その逆に、その部門の主力商品の商品開発を行っている部隊の中に、将来を担う新商品の開発部隊を組織しても、うまくできなかった事例を私は良く知っております。 開発だけではありません。折角、革新的な商品を開発しても既存商品の販売網(ビジネスモデル)で対処しようとしたため伸ばすことができないような事例も見られます。 (10年以上の実務経験のある皆さんであれば、見かけたこともあるのではないでしょうか? 良くある組織の失敗例だから、”ジレンマ”とフレームワークに名付けられるぐらいですから)
 新商品を育成できない責任は、うまく2つの異なる価値観の部隊の運用ができない事業の責任者にあるのですが、新商品・新規事業を担うリーダーの方にとってもイノベーションのジレンマの理解を深めておくことで、新商品の開発部隊が潰されないように立ち回らなければなりません。 具体的には、このイノベーションのジレンマのフレームワークを組織責任者や、関係部門(特に経理などのお金に絡む部門)に啓蒙して組織の未来のリスクを回避するための提案を行うことです。もちろん、「両刀使いのできる組織」のフレームワークの掌握にも心がけましょう。


最後に

薄型TVウォーズ 安全策
薄型TVウォーズ 安全策
 現実的にはかなり困難だったとは思いますが、仮想の話として・・・・・
 もし、松下電器の液晶ディスプレイの新商品リーダーがこのフレームワークを知っていたら、2001年に中村社長に対して、液晶ディスプレイ事業を他社に売却せず、リスクヘッジのため自社の手元に温存しておくような提案ができたかもしれません。この図のようなチャートです。
 そして、この提言を中村社長が受けて「集中と選択」を見直していたら、プラズマディスプレイと液晶ディスプレイの両刀使いで、松下電器が(サムスン電子ではなく)薄型TV業界を制覇し、中村社長は名経営者として語られていたかもしれません。


 でも、それは夢物語でしょうか?
 かつて、松下電器グループの傍流のビクターでVTR事業のリーダーだった高柳氏が、松下幸之助氏に自らのチームが開発したVHS方式の採用を直訴したことで、松下電器がVHS方式を採用した歴史があります。 さらに松下幸之助の働きかけで多くの日本メーカーがVHS方式のVTRを生産するようになり、日本メーカーは世界市場から大きな果実を得た歴史がありました。だから荒唐無稽の夢物語ではなかったかもしれません。
 そう思えば、松下電器で液晶ディスプレイの新商品・新規事業を担っていたリーダーは、イノベーションのジレンマのフレームワークを使って、リスクヘッジの提案と、予想外の成功の可能性を経営トップに語っていても良かったかもしれません。 ・・・・仮想の話はここまでとします。

 少なくとも、イノベーションのジレンマのフレームワークを知っていれば、新商品・新規事業を担うリーダーの中で、担当商品や事業が傍流であるため、社内で冷遇されるような場面にあった時、経営幹部に未来の可能性を説明する資料としてこのフレームワークは役立てられるかもしれません。 あるいは、傍流として意気消沈してるメンバーの指揮を高めることに使えるかもしれません。あるいは、・・・・と他にも可能性を考えてみましょう。

 冒頭に、新商品・新規事業を担うリーダーの方にとって、イノベーションのジレンマは有名なフレームワークではあるものの、実践的な示唆は得にくいフレームワークだと説明をしました。 しかし、新商品・新規事業を成功に導く上で一番大切な、マインドを高めるフレームワークとして考え方を活用できるのではないでしょうか。それは根拠なき精神論・根性論ではなく、可能性を考察するツールとしてです。