顧客価値

顧客価値の重要度ランキング

重要度
リーダー必要度 ★★★★★ 必須教養 このフレームワークを理解せずにビジネスをすべきではない
理解容易度 ★★★★★ 非常に容易 日々、誰もがお金を支払う時に感じる普遍的なこと
活用容易度 ★★☆☆☆ やや難 頭では理解しても常にこのフレームワークに照らした活動が取れないのが実情


はじめに

 新商品・新規事業を担うリーダーにとって、顧客価値のフレームワークは地味ではありますが、片時も頭から外すことができない大切なフレームワークです。 これは経営学の用語の1つではありますが、セオリー以前とも言うべき重要な考え方であることから最重要のレベルAの中でも最初に説明をさせていただくものです。
 顧客価値は、「お客様へのお役立ち」と言い換えても良いでしょう。あなたの商品がどんなに優れていると自負していても、顧客に何からのお役立ちが提供できるものでなければ買ってもらえません。 「そんなの当たり前でわかっているよ」という声も聞こえてきそうではありますが、私の過去のビジネス経験で、これを常に念頭において、戦略を、戦術を、活動を、反省を、していた人はほとんどいませんでした。(常にというのがポイントです。)
 例えば、「あなたの商品を説明してください」と訪ねると、多くの場合、「従来よりも軽い」「他社より性能が優れている」という説明をする人が多いのが実情です。
 冒頭から再三の念押しとなりますが、新商品・新規事業のビジネスで成功を納めるためには、まず顧客価値が先に語られる思考になっていなければなりません。 顧客価値は、新商品・新事業を担うリーダーが真っ先に理解して欲しいフレームワークであり、しかし同時に、実際にビジネスの現場で常にこれを忘れずに任務遂行を果たすことが難しいフレームワークでもあります。


概要

定石
価値の本質は何か?

 幼児が母親に「消防士とはどんな人?」と尋ねたら、母親は幼児に「災害や事故が起きたら助けに来てくれる人」「おなかが痛くなったら病院に急いで連れて行ってくれる人」と答えることでしょう。 消防士が、どんな装備を身につけて、どんな特殊技能を身につけているか、警察官とはどう違うのかなどを説明することでも間違った解答ではありませんが、それよりも重要なこと(母親が子供に伝えたいこと)は、消防士とは「助けてくれる人」ということです。
 まあ「特殊仕様の車が赤い色に乗ってくる」ぐらいは、見た目が象徴的であり男の子にとっては大変興味を引く外観ですので母親は説明をするかもしれません。ただ、これが本質ではないことは母親も理解しているでしょう。郵便車も赤色ですし。


 この例と同じように「あなたの新商品(or サービス)は、どんなモノ?」と尋ねられたら、新商品・新規事業を担うリーダーであれば、その商品を買った人を「どんな時に、どうお助けするものなのか、何を感謝されるのか」を最初に説明できるようになっていなければなりません。
 もし、「従来よりも軽い」「他社よりも機能が優れている」といった”競争優位”を”顧客価値”よりも先に説明してしまうようであれば、手段と目的を間違えているかもしれないと自省しなければなりません。手段と目的を間違えると、新商品・新規事業の成功の確率は大きく下がってしまいます。
 ただ、顧客価値のフレームワークは、よく考えていただければそう難しくありません。なにしろ、あなた自身も、一顧客として、日々、何かの商品を買っているのですから、その時、きっと顧客価値の有無や大小を感じていることでしょう。あたりまえのことを忘れないようにするだけのことです。

 また、あなた自身は納得できても、なかなか組織の方々に理解が深まらない際には、組織の他の方々にも顧客価値の理解を深めてもらい協力を得ていくために、日本の経営者層にも人気の高いドラッカー氏の名言から引用することで”箔を付けた説明”をすることもできます。 「企業が売っていると考えているものを顧客が買っていることは希である。・・・中略・・・ 顧客は、満足を買っている。しかし誰も、顧客満足そのものを生産したり供給したりはできない。満足を得るための手段を作って引き渡せるにすぎない」と。


演習:ケーススタディ(具体的な商品の事例で考察)

  • 電気ドリル
     教科書的に良く引き合いに出される事例が電気ドリルです。「電気ドリルを買うのは、壁に穴をあけるため」という例え話です。
     顧客が欲しいのは「穴」です。顧客価値は、「穴をあけること」です。だから、電気ドリルを買うことは手段であって目的ではありません。 目的さえ達成できれば、三倍早く回転する電気ドリルであろうと、従来の速度で回る電気ドリルであろうと、穴を空けるの目的さえ達成できるのであれば、どちらでも良いのです。 つまり、新商品が三倍早く回る電気ドリルであっても3倍の顧客価値は無いと言うことです。同様に、新商品が50%省電力であったとしても顧客価値には繋がらないでしょう。
     でも、もしその電気ドリルがバッテリー駆動であれば、省電力のため駆動時間が2倍長持ちに性能がアップするとしたらプロの方(趣味の日曜大工用ではなく、仕事として電気ドリルを使う人)には望ましいこと(顧客価値が認められる)になるかもしれません。 1回のフル充電で4時間利用できるものよりも、8時間利用できる(すなわち、1日中使える)電気ドリルには顧客価値がある商品と言えるでしょう。 しかしながら、1回のフル充電で30時間利用が60時間利用可能に2倍に性能アップしたとしても今度は顧客価値はほとんど増えないでしょう。 このように商品やサービスの性能や機能の差は、そのまま顧客価値になるものではないのです。

  • ハイチオールC
     ハイチオールCはビタミンCを主成分にしたサプリメントの医薬品です。実は、同じ商品なのに、女性向けに”美肌作り”を顧客価値としてアピールした商品と、主に男性向けに”二日酔いの早期改善”を「顧客価値」としてアピールする2つの商品があります。 同じ商品であっても異なる顧客価値を持たせることができるので、異なる顧客に売り込むことを行っています。 当然ながら、同じパッケージに2つの顧客価値を併記してアピールするのではなく、パッケージを別にして商品化を行っております。 売り場も異なる場所に置かれる方が効果的であることは容易に想像がつくでしょう。プロモーションの仕方もそれぞれの顧客向けに異なるアピールをしていく必要があります。
     ハイチオールCは、元々は2つの効能を書いた一つの製品でした。 しかし、顧客価値を良く検討することで、顧客価値に合わせた商品に作り直したのです。結果として、それぞれの顧客に合わせた販売を行うことで成功しました。 これは顧客価値を軸に新商品を考えることの重要さを説明する良い事例です。
    ビタミンCで美肌   ビタミンCで二日酔い対策
     顧客価値を視点から新商品を作り直す


  • エアバッグ
    case量産車用エアバッグ
    顧客価値の視点は、困難を乗り越える力となる
     今では、あらゆる乗用車に搭載されているエアバッグですが、世界で最初に量産車に装備したのはホンダです。 エアバッグの発想は古くから知られており、名だたる自動車メーカーは研究をしていたのですが、量産車に搭載するのは現実的ではないと思われていました。なぜならば、必要な時には作動するが、不必要な時には絶対に作動しないという自動車の部品としてはケタ違いの信頼性が必要で、量産車でこれを満たすことはとても不可能だと思われていたからです。 それにも関わらずホンダは執念で量産車搭載用のエアバッグシステムを開発をして業界に先鞭をつけて新商品として世に送り出すことができました。執念の新商品(エアバッグ)が世界で最初に量産車に搭載されたのは1987年のレジェンドでした。
     ホンダ得意のワイガヤ活動で何日も泊まり込みで検討した中で「メルセデスベンツにも負けない車を作りたい」。さらにワイガヤを深めた結果、顧客が認めるメルセデスベンツの「顧客価値は、安全性(交通事故にあっても被害を受けにくい)」であるとの考えに至ったそうです。 メルセデスベンツならば高級車ですから丈夫に乗用車の骨格を作れてその他の装備にもお金を掛けることができます。一方、ホンダは大衆車であり、お金も多くは掛けられません。そこで、大衆車でもエアバッグを搭載することで安全な乗用車を具現化することを目指し、困難な開発に挑戦し続けました。十数年の期間を経てホンダはこれを達成しました。(米国ビッグ3、トヨタ、日産はエアバックの実用化を諦めたていた)
     誰もが不可能と思われていた商品開発を最後までやり遂げることができたのは、ホンダは顧客価値を見ていたからこその結果と考えても良いでしょう。

よくある失敗・注意点

 あなたの上司先輩同僚は、顧客価値を理解して仕事をされているでしょうか? 残念ながら顧客価値について深い洞察をせず、例えば、「特長ある商品を作ること」にひたすら熱心な人達を多く見かけます。それは”顧客価値”ではなく”競争優位”です。 特に2000年頃から「モノ作りニッポン」のマスコミの騒ぎに乗せられて、暴走して事業を、会社を傾けてしまうようなケースも増えてしまったような気がします(この部分は、まだエビデンスを揃えていない個人的な感想です)。

  • 美しい液晶テレビ
    失敗例クアトロン
    顧客価値の乏しい新商品に経営資源を浪費
     21世紀の初頭、日本の電機メーカー各社が薄型TVの開発競争で世界をリードしていました。そしてメーカー間で『薄型テレビの激戦』が繰り広げられていました。その激戦だった頃にシャープは、クアトロンという光の三原色(赤、青、緑)に黄色を加えた4色を使って、より美しい映像を表示できるという液晶パネルを開発しました。
     ただし、家電量販店で従来品とクワトロンの画面を隣に置いて見比べても一般消費者に“わかるかどうか?”という微妙な差の性能に過ぎませんでした。これでは顧客価値はほとんどありません。
     その後、他の要因も加わりますが、シャープは事実上の倒産に追い込まれます。そして台湾の企業の傘下に引き取られることになりました。

  • 美しいプラズマテレビ
    失敗例_黒が冴えるプラズマ方式
    顧客価値の乏しい新商品に経営資源を浪費
     パナソニックも同時期に似たようなことをしていました、パナソニックのプラズマディスプレイは、シャープなどの液晶ディスプレイに比べて「黒が冴える」として、スターウォーズなどの漆黒の宇宙映画を見るのに優れていると宣伝をしておりました。 そして、家電量販店のTV売り場の屋内照明装置を外して売り場を少し暗くして、黒の違いによる表現力の向上をアピールしようとしました。しかし、一般の人にはほとんど違いがわからないような差でした。「さすが映画の迫力が増す」と論じるような評価で市場を賑わせるうようなことはありません。つまり、顧客価値はほとんどありませんでした。
     その後、他の要因も加わりますが、プラズマディスプレイとこれを使った薄型TVの事業は黒字を経常できずパナソニックの経営に大きなダメージを与えました。

     さらに、同じくプラズマディスプレイの薄型TVの新商品を投入していたパイオニアに至っては、TVの商品名が「KURO」でした。「黒が冴える」ことをよほど強調したかったのでしょう。パイオニアもシャープと同様に顧客価値の乏しい新商品に経営資源を投じたことで会社存続の危機に至ります。 (もし、音響メーカーとして優れた実績を持つパイオニアが、”音が冴える薄型TV”として新商品に価値を与えていたら、別の展開になっていたでしょう。残念なことです。)

  • 3Dテレビ
     ”より美しく見える”テレビの大失敗に懲りずに、シャープ、パナソニックに、ソニーも加わって、その次は各社で3Dテレビを大々的に売り出しました。専用メガネを掛けて、専用の映像コンテンツを映し出すと、左右の視差を利用して映像が立体的に見えるという新商品です。
     こうした顧客価値の乏しい商品はすぐに廃れました。こうして日本の電機メーカーは赤字の傷口をさらに広げて自滅していきました。現在(2020年)の時点で、日本の電機メーカーの世界市場で存在感はほとんど無くなってしまいました。(国内市場は日本メーカーばかりですが、これはガラパゴスの状態です) 顧客を見て「顧客価値」を考慮せずに、他社を見て「差別化」できる点を増やすことが新商品の成功の秘訣だと、手段と目的をはき違えた活動をした者(組織)は、残念な結果に至ったのです。新商品・新事業を担うリーダーはこうした失敗例を反省材料としなければなりません。

  •  シャープ、パナソニック、パイオニア、ソニーという日本を代表する複数の企業が、同時期に似たような過ちを犯していました。こうした顧客価値の考慮に疑問があるような新商品作りを続々としてしまうことは、 経営学のフレームワークを知らない「一部の愚かなリーダー」によるミスリードと片付けてしまうような話ではなく、日本企業の全般にはびこる ”誰もが陥ってしまう可能性のある根深い問題” と捉えておいたほうが良いでしょう。
     だから、「顧客価値を常に念頭に置いてビジネスを考えること」は、新商品・新規事業を担うリーダーにとっては、何よりも大事にしなければならないことなのです。常にという点がポイントです。

新商品を成功させるためには

 新商品・新規事業を成功させるためには、あなたの新商品・新規事業の顧客価値がどこにあるのかを理解し、その価値に適した行動をすることが成功には不可欠です。
 しかし、商品ばかりを眺めていても絶対に顧客価値の答えは出てきません。なぜでしょうか? 例えば、「これは従来よりも軽い新商品です。どうぞお試しください。」と店員から勧められ手渡されたとしましょう。 もし、あなたが屈強な男であれば30g軽くなったことなど “どうでも良い” ことです。 でも子供だったら”今まで以上に持ち歩きが楽になる”として顧客価値がある商品と受け止められるかもしれません。
 これは、法人需要で考えても同様のことです。30g軽くなった新商品は、消防車の操作台に取り付けるのであれば、たった30g軽くなったことで顧客価値は生まれません。 しかし、宇宙船の司令台に取り付ける商品ならば顧客価値がある新商品として、JAXAから注文が来るかもしれません。
 つまり、屈強な男性に売り込むのか、子供に売り込むのか、あるいは、東京消防庁に売り込むのか、JAXAに売り込むのか、と顧客の違いで、同じ商品でも顧客価値の有無や内容が変るのです。 すると製品仕様も、値段も、販売方法も、アピール方法も・・・全て異なってきます。 だから、新商品・新規事業を成功させるために高い顧客価値を持たせるには、顧客が誰であるか?を見極めることとセットで考えなければダメなのです。

 また、1つの商品の顧客価値は1つとは限りません。複数の顧客価値を複数の顧客に対して提示できるかもしれません。 1つの商品でたくさんの種類の顧客に、たくさんの顧客価値を提供ができれば理想的です。ケーススタディの成功例で紹介したハイチオールCでは、顧客価値を良く考えて2つ見いだすことに成功しました。 1つの商品で、男性にも女性にも。大人にも子供にも。製造業にも物流業にも。消防にも警察にも・・・・といろいろと考えてみましょう。でも 「二兎追うモノは・・・」と言いますから欲張らないことです。
 また、ホンダのエアバッグの例のように、新商品・新規事業の市場投入は困難の連続に違いありません。しかしその時、しっかりと正しく顧客価値を見つめることができていれば、そうした困難を乗り越える力を与えてくれるものにもなるでしょう。


最後に

 松下幸之助は、利益は「お役立ち料」と述べています。「顧客価値がある商品を作れば、自ずと成果(利益)は付いてくる」という意味でもあり、逆に言えば「利益が上がっていない商品は、顧客価値が生み出していないダメな商品」と言うことを示したものです。 そして、そんな商品が続いては会社が赤字になるから「ダメ」という注意喚起でもあります。さらに、松下幸之助は、資本や社員(人材)は社会からお預かりして事業をしているものと考えていましたから、それらを使っているにもかかわらず社会にお役立ちできないことは「悪」であると考えました。
 松下幸之助が活躍していた時代に「顧客価値」の概念はまだ普及しておりませんでしたが、名経営者の松下幸之助は顧客価値の重要さを「お役立ち」と表現して経営判断の基本としていました。 今では多くの会社で似たような内容の社訓を掲げている例を見かけます。顧客価値は常に意識して取り組まねばならないことなのです。
 ただ、先ほど失敗例で述べましたように、パナソニックがプラズマディスプレイや3Dテレビで失敗を重ねてしまったことは、松下幸之助を創業者として仰ぐパナソニックの人々ですら、 松下幸之助のスピリットを正しく理解し実践できなかったことの実例で、「顧客価値を常に念頭に置いてビジネスを考える」ということが、いかに難しいことであることを示すものでもあります。
 「目的と手段を間違えるな」は、良くある教訓です。繰り返しとなりますが、「顧客価値を常に念頭に置いてビジネスを考えること」は、新商品・新規事業を担うリーダーが常に考えを巡らし続けなければならない大事なことなのです。