新規事業・マーケティング研究所

VRIO

VRIOの重要度ランキング

重要度         
新商品プロマネ必要度 ★★★★☆ 教養
理解容易度      ★★★☆☆ 容易
活用容易度      ★☆☆☆☆ 難

はじめに

 新商品・新規事業を担うリーダーにとってVRIOは、知っておくことが望ましいフレームワークです。 ビジネスパーソンの基礎教養としても無知であることはちょっと恥ずかしい場面もあるかもしれません。内容は簡単なので理解し易いものです。 「ビジネスをするなら、他社には無い自社ならではの強みを持ちましょう」というフレームワークです。当たり前すぎて言葉も出ないくらい簡単です。
 でも、実務家が知りたい「じゃあ、どうやったら強みを見つけられるのか、育てられるのか」については何も示唆を与えてはくれないのです。だから、評論家や学者のためのフレームワークと言えるようなものです。 だから、新商品・新規事業を担う方々には大して役に立たないフレームワークとも言えるでしょう。
 でも、まあ知名度のあるフレームワークなので、基礎知識として知っておくことも悪いことではありません。 逆に知っておかないと、著名なコンサル会社のアナリストがVRIO分析のフレームワークを駆使した資料で、あなたと組織の面々を煙に巻くようなプレゼンをしてくれるかもしれません。 変に納得させられてしまわないように防衛的な面からもこのフレームワークは把握をしておきましょう。


概要

 うまい経営をするならば、強みを持つこと。そして強みを分析すると4つのパターンに分けられると言うフレームワークです。 その頭文字を並べてVRIOと言うのです。  ジェイ・B・バーニー氏が提唱した理論です。企業が競争に勝ち残るには経営資源が大事という考え方から「資源論」(リソースド・ベースド・ビュー(Resource Based View))と言われています。 VRIOの4つのパターンは、の4つに区できるとされます。
  経済価値(Value)
  希少性(Rarity)
  模倣困難性(Imitability)
  組織(Organization)

 それぞれについて解説します

  • 経済価値(Value)
     そもそも企業が持っている資源が「経済的な価値がある」と言えるかが、最初に肝心となります。 いくら「当社の独自技術で・・・・」と自慢をして誰も欲しいとは思わないような独自技術であれば価値がありません。
     例えば、味噌や醤油の造り方に秀でた企業があったとしたら、その技術は日本では評価され価値があるものとなりますが、インドでもサウジアラビアでも価値があるものとは認めてもらえないでしょう。 でも、味噌や醤油の醸造技術を通して麹菌の育成方法に卓越した技術を持っているとしたら、ある医薬品の大量生産技術の基礎力を持っている可能性があります。 そうなるとインドどころか世界中から引っ張りだこになります。

  • 希少性(Rarity)
     他社が所持していない経営資源を分析する要素です。希少性が濃ければ、他企業により後発の市場参入を防ぐことができます。たとえ他社が類似の稀少性を持っていたとしても、持っている企業が少なければお互いに安心です。 例えば、麹菌を生産する建物の設計や発酵槽など重要施設の配置、温度管理や材料投入のタイミングなどのノウハウの保有なども、これに当てはまります。

  • 模倣困難性(Imitability)
     競合相手が容易に模倣できないような資源を有することができれば、優位に競争を進めることができます。いろいろな要素があります。 例えば、典型的な例は特許です。麹菌を育成する最適な温度管理などの製法特許を取得できれば、国家による知的財産の保護が働くため、ライバルは同じ方法で生産をすることができません。 たとえ特許を取得しなくて、ブラックボックス化により模倣困難性を実現することができます。麹菌の育成はもちろんのこと、調理方法が秘密であれば「真似のできないシェフの味」として、競合する飲食店は同じような味わいを出すことができません。 また、伝統を強みにできる場合があります。創業は江戸時代で、明治時代には文豪の□□が、大正時代には政治家の△△が、昭和時代には米国大統領☆☆が訪れたという老舗の蕎麦屋があったとしたら、誰も真似することはできません。なお、こうした過去の出来事や経緯に依存している事象を「経路依存」と呼びます。
     例えば、トヨタの「カイゼン」活動は有名ですが、他社がこれを取り入れようとトヨタと同じような組織や運用にしてもなかなか実現できません。トヨタの組織には競合企業が容易に追いつけない力が秘められているようです。

  • 組織(Organization)
     企業の組織に根付いている力も競合企業を寄せ付けない力となります。意思決定の速さや柔軟性、現場の活性度など、マニュアル化したり、給与を上げたりしたからと言って真似することはできません。  逆に、組織が硬直化しているため、組織の力が新商品・新規事業を育む際にマイナスの力として作用してしまうような反面教師のような事例も良く見られます。


さらに深くこのフレームワークを掌握するために、以下の情報も参考にしてください。
 ・映像
    ビジネススクール「グロービス」が提供する動画学習サービス(お試し)  →  VRIO分析
 ・Web記事
    HarvardBusinessReviewオンライン  →  内部環境分析:バーニーの資源ベース理論から考える

※LINK先のコンテンツが変更になったため、うまく案内できていない場合は、恐れ入りますが連絡をいただけますようお願いします。


演習:ケーススタディ(具体的な商品の事例で考察)

 VRIO分析を使って、パナソニックがデジタルスチルカメラ(以降、デジカメと表記)に本格進出した2000年頃の当時の状況を考察してみましょう。

 デジカメは、1995年にカシオが商品化した新商品で一般の人でも手にすることができるような商品となりました(それ以前にもデジカメはありましたが、個人が趣味で楽しむではありませんでした)。 また、丁度このタイミングで、Windows95が発売されてパソコンが急速に普及し始めました。 パソコンに写真をすぐに取り込めるデジカメは、パソコンと共に人気を集め、各社がこの分野に参入してきました。

5Forces分析
  カシオのQV-10のヒットで各社は参入を検討する
 

 パナソニックもデジカメを商品化をしてはいましたが、企業姿勢としてあまり力は入っていませんでした。1999年の段階では3つの部署がそれぞれバラバラに商品化をしているような状況でした。 パナソニックは、中村社長が就任後に下したトップダウンの命令を受けて2001年に企業の総力を挙げて本格的に新商品の開発を進め、デジカメを市場に投入します。
 その時に、VRIOで分析をしていたら以下のように分析をされていたことでしょう。


  • 経済価値(Value)
     手持ちするポータブルな電子機器の設計技術や生産技術、生産設備を持っている。また品質管理のノウハウもある。広告も得意である。

  • 希少性(Rarity)
     デジカメのキーデバイスとなるCCDは自社開発であり、性能を決める上で大変価値のある部品を自社生産できる。 非球面レンズの量産技術も有している。高性能バッテリーも自社グループ内に保有している。

  • 模倣困難性(Imitability)
     ビデオカメラでの実績により特許を多数保有している。
     また、パナソニックのブランド力も使える。ただし、キヤノンやニコンなどの老舗のカメラメーカーと比べると分が悪い。

  • 組織(Organization)
     社長のトップダウン命令があれば、広く社内から人材を集めることができる。迅速に開発や販売を進められる組織である。

5Forces分析
  パナソニックは新商品を開発してデジカメ市場に本格参入する
 


新商品を成功させるためには

 さて、ここで疑問になります。「どうしたら強みを持てるのか? その方法を教えてくれ!」ということです。 新商品・新規事業を担うリーダーならば、なおさらそれを知りたいのですが、VRIOのフレームワークはそれに応えてくれるものではありません。  企業間の熾烈な競争の決着がついた後になって、「あの企業は●●が強かった」「B社は■■が強かった」「両者に共通してくるのは、・・・・」と経営学の学者が歴史を振り返って分析するためにVRIOは有効なだけのフレームワークです。
 だから、今まさにビジネスの戦闘を繰り広げている人に役立たないフレームワークです。強みに育てられると思って多大な経営資源を投じていたのに果たせないことの事例は、枚挙にいとまがありません。あるいは、さして努力もしておらず、その会社の中ではあたりまえだと思っていたことが世の中の趨勢が変化し、強みとして評価されるようになることもあります。

 ソニーが商品化したポータブルオーディオプレーヤーの「ウォークマン」のような画期的な新商品は、開発の初期段階ではVRIO分析をしても何も意味ある結果を導けなかったでしょう。 ヘッドフォンでの再生機能だけしかないオーディオ機器など、確かに、かつて存在しなかったレアな製品ではありましたが、ソニーの大多数の社員ですら、この商品が世間から支持されるとは思っておりませんでした。 まだ市場に支持されていないのですから強みも見えてきません。強みが認識できなければVRIO分析にも至りません。
 単にソニー創業者の井深&盛田が「これはいい!」と商品化を強引に推し進めて「ウォークマン」の新商品の事業は成功へと導かれたのでした。

ウォークマン
革新的な商品はVRIOによる分析をしても産まれない
 

 このように新商品が、画期的であればある程、VRIOは、役にたたないか、役にたったとしても使われないようなフレームワークです。 でも知名度はありますから、中途半端に有効なフレームワークとして注意が必要です。


よくある失敗・注意点

 あなたの上司先輩同僚は、VRIO分析の限界を理解して仕事をされているでしょうか? これから新商品・新規事業を成功に導いていくためにはVRIO分析のフレームワークはほとんど役に立たないのです。 それにも関わらず、VRIO分析をして、わかったようなことを述べたり、「VRIOが無いから、この事業は撤退したほうが良い」などと言って、 あなたとあなたのチームの足を引っ張るようなことがあるかもしれません。。 あなたの上司先輩同僚が中途半端な知識を持ち出して、行わないか警戒しておきましょう。
先ほど、ソニーのウォークマンの誕生にVRIO分析など寄与しなかっただろうと述べましたが、ここでは、さらにホンダの事例から新商品・新規事業を立ち上げようとしている人にVRIOで分析をしても役に立たないことを、確認してみましょう。
 本田宗一郎氏は、戦後の焼け野原から復興する日本で、買い物に便利だからと趣味のようにバイクを作りました。やがて草レースにも参加しました。 その時、世界一のバイクメーカーになるという前提で、VRIOで自社の強みを分析したら、「参入するだけ無駄だ」という結論しか出てこなかったでしょう。 欧米の優れた工業力の前に敗戦国日本の工業力は劣っていることは明白で、名も知らない町工場のおやじにどんな可能性があると言うでしょう。 しかし、本田氏は、折角ならバイクの有名なレースに出て勝ちたい。ただそれだけの情熱で突き進んだのです。部下達もその情熱に引きずられて“おやじ”を慕いながら突き進んだのです。 最初はボロボロでしたが、数年後、敗戦国の名も無き町工場のおやじと彼が率いるチームが、世界一のレースで勝ったのです。しかも、圧倒的な強さを持つバイクに仕上げることができました。 その結果、次第にホンダのバイクは世界で売れるようになりました。
ホンダ優勝マシン
ホンダはマン島レースの優勝マシンの開発で世界的なオートバイメーカになった

 後になってVRIO分析の権威のようなコンサルタントが、「本田宗一郎のリーダーシップが、他社のバイクメーカーにはない強みであった」とか、「ホンダの社風は、ワイガヤと皆で考えて知恵を出し合う風土が他社よりも一段優れていたのが強みであった」などと評論することでしょう。 でも、もし、VRIO分析の権威のコンサルタントが、レースに勝つ数年前に焼け野原に立つ本田宗一郎の横にいたら、彼にこう語るでしょう。 「もうこれ以上、バイクレースにお金を注ぎ込むのは辞めなさい。無駄です。世界に勝てる強みなどこの田舎の町工場にあるワケがない。 あなたの強みは、浜松にいる地の利です。これを活かして、東京と名古屋の両工業地帯にある三菱や日産やトヨタなどの大企業に、金属加工の町工場として認められるよう頑張りなさい」と。  もちろん本田宗一郎は、VRIO分析の権威の助言があったとしても耳を貸さなかったでしょう。 バイクだけではありません。ホンダが自動車(四輪)に進出する際も、海外に輸出を開始する際も、ジェット機を作り始めた時も、VRIO分析をして勝機が見えたら経営資源を突っ込んで事業化を加速させたワケではありません。 もし、1950年の段階でホンダ宗一郎が、VRIO分析を信じて経営判断にこのフレームワークを使っていたのならば、バイクで、車で、ビジネスジェットで世界をリードするホンダという会社は無かったでしょう。 新商品・新規事業を立ち上げようと奮闘する人にとって、VRIO分析のフレームワークは足を引っ張るだけです。

最後に

 漸進的な新商品・新規事業であれば、VRIO分析を行って、これからのアクションを検討することもできるでしょう。例えば、トヨタがレクサスブランドで新カテゴリーの車種を投入しようと考えるのであれば、このフレームワークを使うことで検討を深めることができて判断ミスを防ぐこともできるでしょう。
 一方、画期的な新商品・新事業の場合には、革新的な商品であればある程、何が強みとなるのかもわからない混沌とした状況でスタートすることになります。このフレームワークを適用することに拘る必要はありません。 でも、その新商品がうまく立ち上がってビジネス軌道に乗ってきたらVRIO分析を行って、勝因となった強みをさらに磨くことや、これから磨くべき強みを「見える化」していくこと、さらには、対抗して登場してきたライバルのVRIOを分析することで、これから打つべき手立てを検討していきましょう。

 さて、VRIO分析のフレームワークを提唱するバーニーらは、企業が競争に勝ち残るには経営資源が大事という考え方から「資源論」と言われています。 これに対抗するのが「ポジショニング論」で、儲かる環境に身を置くことが大事という環境を重視する考え方の一派です。 「ポジショニング」の一派は目線が社外に向いていて、「資源論」の目線は社内に向いているのです。
 学者ではなく実務をしている方々ならば、「どっちも大事」、「状況により重要性も変化する」ということを考えると思いますし、それが正しいでしょう。  「資源論」派のバーニーの「VRIO」のフレームワークは、「ポジショニング論」派のポーターの「競争戦略」、「5Forces」のフレームワークと共に、知識として把握しておきましょう。 どちらか一つのフレームワークに固執すると「バカの一つ覚え」と笑われます。 実務に関わるならば、どちらの学派も同じ程度に関心を寄せ、「どういう条件で、どちらをフレームワークを活かせば良いのか」を考えていきましょう。
 ただ残念ながら、本当に実務家が知りたい、「どういう条件の時に、どちらをフレームワークをどう活かせば良いのか?」に応えてくれる実践的なフレームワークはまだ提唱されておりません。
 我々が取るべきスタンスは、状況に応じてフレームワークをダイナミックに考える習慣をつけることです。 柔道家ならば、背負い投げ、大外刈り、上四方固め・・・・・と多くの技を身につけようとしますし、さらに、相手の出方に応じて、最適な技を繰り出せるように努力をし続けます。 同様に、新商品・新事業に関わるメンバーは、新商品・新事業に有効なフレームワークという経営学の技をより多く習得し、さらに、その時々の状況に応じた最適なフレームワークをダイナミックに適用する努力を継続することです。 キーワードはダイナミック(動的)です。「バカの一つ覚え」には注意です。戦略は「ポジショニング論」「資源論」だけではありません。

 最近流行ってきた「ダイナミック・ケイパビリティ」のフレームワークを理解するための基礎教養としても資源論の理解は必要なようです。